はじめに


 コラムニストで書家の宮澤やすみは、スイスで展覧会を行うため現地へ赴くことに。

 「せっかく行くんだから」と、スイス各地、イタリア、ドイツ、オランダを一人旅。そこでの
 エピソードは、どれもいちいち「やすみ流」なのでした。

 写真いっぱい、やすみの手によるイラスト、マンガも。観光、グルメ、ワイン、美術の話題。
ミラネーゼから一言  そして、たくさんの人との交流があります。

 「これさえあればだいじょうぶ! 旅の必須単語集
 など、渡欧に役立つコラムも載せる予定。

 上のプルダウンメニューか、こちらの目次からどうぞ!



2008年01月21日 投稿

フレンチ−スイスの郷土料理を満喫

Episode 33 premier jour à Sion

短期滞在なので、レストラン選びで後悔したくない。夜のレストランは、このWebサイトを参考にして、あらかじめ目星をつけておいた。

Les restaurants de Sion (フランス語)
http://www.bonnes-adresses-valais.ch/bonnes%20adresses%202005/sion.htm

第一希望は、ヴァレー州の郷土料理(Cuisine Valaisanne キュイジーヌ・ヴァレサンヌ)が食べられるというLa Pinte Contheysanne を考えていたが、今晩は休みだった。

そこで第二希望のCafé des Châteauxにした。古い山小屋風の内装で、おばちゃんが田舎料理を出す店だ。
おばちゃんは、フランス系といっても南仏風の、黒髪で小さな背丈、ギョロっとした眼で、「ハウルの動く城」なんかに出て来そうな風貌である。

オーダーしたのは、野ウサギのリエットと、鹿の赤ワイン煮込み。

野ウサギのリエット
ちょっと塩気が強かったけどワインがすすむ。

一人旅するなら、現地語の料理用語を覚えていくとメニュー読みが楽だ。

野うさぎ=”Lièvre”(リエーヴル)
鹿=”Cerf”(セール)
リエット=” rillette”
赤ワイン煮込み=”civet”(シヴェ)

ほかにも、

牛肉=”boeuf”(ブフ)
仔牛=”veau”(ヴォー)
豚肉=”porc / cochon”(ポール/コション)
鶏肉=”coq”(コック)
子羊=”agneau”(アニョー)
スズキ=”bar”(バール)
イワシ=”sardine”(サルディーヌ)
舌平目=”sole”(ソール)

肉類=”viands”(ヴィアンドゥ)
魚類=”poissons”(ポワソン)
野菜=”légumes”(レギュム)

などなど。たいていの旅行会話集に載っていると思う。


さて、こうしたジビエ(獣肉)は、臭みをいかにとるかが命題なのかも知れない。しかし、この郷土料理は、野ウサギも鹿も、かなりクセがある。それがおいしい。苦手な人はいるだろうけれど、この臭みを楽しまないとつまらない。

ワインは、本当はピノノワールがよかったが、ちょっと高かったので、ガメイ種を使った軽めの赤ワインを選択。

フランスで言うと、ボジョレーのワインはガメイ種で作る。ボジョレーと同じ感じで、気軽に飲める赤ワインだ。

これをがぶがぶ飲みながら、野獣と化した私は肉に喰らいつく。

野ウサギ肉の真っ赤な色と赤ワインの色がテンションを高める。

鹿の赤ワイン煮
つけあわせもおいしかった。


あっというまにふた皿の肉をたいらげた。つけあわせの栗が秋の風情を醸し出していてよかった。

気に入ったのでデザートも食べることにした。いくつかあったが「Marron(栗)」の表示がある。つけあわせにもありましたね、みたいなことを言うと、「さっきのは栗そのもの、こっちはガトー(Gateaux:ケーキ)」だという。

いきおいで頼んでみると、こんなにおしゃれなプレートが。

栗のケーキ
肉の宴のあとは、おしゃれなスイーツを。


ただし、味の方はそれほど特別な感じはしなかった。強い甘みがドンと来てお腹にこたえた。

ワインが少し余ったので、ビンを持ち帰ることにしたのに、お会計をすませて出る時にすっかり忘れてしまった。
もう一度店に入って、
「ワインのビン、忘れちゃったんですけど!」

と言うと、おばちゃんは、奥のキッチンにいるスタッフに一度目をやったものの、肩をすくめて首を横にふるばかり。もう片付けて中身は捨てちゃったらしい。おばちゃんの仕草がいかにもヨーロッパ。

「あ、いいですいいです。少ししかなかったもんね」

夜のシオン旧市街、教会がライトアップされているけれど、ギラギラしない控えめなライトがいい。丘の上には、ライトに当てられた2つの古城が不気味に浮かびあがる。その姿がこれまた美しい。
古い街を散策しながら、ゆったりとシオンの夜を満喫した。

教会ライトアップ

翌日は、チーズの都・グリュイエールまで足を延ばす。明日もおいしいものが待っている。

しかし、待ちうけていたのは、良いことだけでなかったのである。
posted by やすみ at 12:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | シオン1日目
2007年12月04日 投稿

スイスワイン紀行2:ピノ・ノワールの魅力

Episode 32 premier jour à Sion

スイス、シオンのワインバーで、地元特産のワインを堪能中。

せっかくなので、スイス赤ワインの代表格であるピノ・ノワールのワインを買って帰ることにした。

スイスワイン ピノ・ノワール
とっておきのワインをじっくり


「赤ワイン、ピノノワールを買っていきたいんですけど」
(Je voudrais achter du vin rouge, pinot noir.=ジュヴドレ アシュテ デュ ヴァン ルージュ、ピノ ノワール)

おばさんがめんどくさそうにしているので、「ワインを勉強しにトーキョーから来た」と、大げさなことを言って食い下がると態度ががらりと変わり、一緒にセラーをまわっておすすめのものを案内してくれた。
ただ、ハーフボトル(demi-boutille=ドゥミ ブーティーユ)は種類が少なかったので、選ぶ余地はあまりない。

「ハーフボトルありませんかね(Vous avez des demi-boutilles?)

「だったらこっちにありますよ」

カウンター奥から取り出してきた瓶のラベルを見ると、汚い手書きで”Pinot noir Vieilles Vignes” とある。”Vieilles Vignes”(ヴィエイユ・ヴィーニュ)はワインの古木で獲れたブドウを使ったことを表す。だいたいまろやかな風味になることが多い。

「スイスのピノノワールは、ブルゴーニュのものとどうちがうんですか?」

おばさんはいろいろとワイン用語で答えてくれるが、なかなか通じない。いちおう、簡単な単語を並べた「フランス語ワイン用語辞典」を持って言ったが、それでは到底カバーできない言葉が出てくる。

なんとか英語で、とお願いしても、頭を抱えて考え込んでしまうだけ。やっぱり英語は通じないのだ。私のメモ帳に”Corse”と書いてくれたが、どうやら「強い」ということを言いたかったらしい。

「OK。じゃあ2本ください」
(Deux boutilles s’il vous plaît=ドゥ ブーティーユ シルヴプレ)

ハーフボトル2本で30スイスフランだから、日本円で3,000円。当然だけど、日本で買うよりは格段に安い。

日本に帰ってからじっくり飲んだけれど、さすがにうまい。

Pinot Noir Vieilles Vignes 2004 AOC Valais
ピノノワール、ヴィエイユ・ヴィーニュ 2004 AOC ヴァレー
Vallotines Henri
アンリ・ヴァロタン

スイスワイン ラベル
手書きの素朴なラベル


深く濃い赤色(ルビー色というのだろうか)で、ピノノワールらしい「ぬめっ」とした香りと華やかな香りがよく出ている。しっかりしたボディで、舌に風味がズンとくる。しかしタンニン(渋み)はやわらいでいて、酸味もおだやか。ふくよかな甘みを感じる。つまり、口あたりはやわらかいけれど、非常に存在感のあるワインだと思う。そのへんがバーのおばさんの言う「強いワイン」ということになるのだろうか。

私はワインの専門家ではないので、たいしたことは言えないけれど、そんな感じだった。

スイスワイン、噂どおり、本当においしかった。

現地でもらったパンフによると、ヨーロッパで最も高地で作られるワインなのだそうだ。

ここ、スイス南西部・ヴァレー州は、山間にローヌ川が流れる。この川は南フランスを流れて、フランスワインのコード・デュ・ローヌも産み出す川だ。

アルプスを縫うこの谷間は石灰岩、花崗岩、砂利などが複雑に曲がりくねった土壌をもっていて、そこを西から東へ風が吹く。それがフェーン現象をともなって、乾燥した空気をもたらす。夏はかなり暑くなるらしい。風のおかげで雲も取り払われる。

だからこの地は、フランスの銘醸地・ボルドーとくらべても、降水量が低く、日照時間が長い。

それで良質のブドウが育つのだ。

ワインはブドウ品種でとらえるとわかりやすい。
この旅の前半、イタリア・ミラノでは、イタリアでよく使われるネッビオーロ種のワインを飲んだ。メルローのワインも飲んだ。今日はピノ・ノワールとシラーをゲットした。あとはガメイも飲んどくか。白ワインは明日また飲むことにしよう。

ちょうどディナーの時間なので、レストランに入ることにした。これがまたいかにもフレンチ・スイスな食事だったのだ。

posted by やすみ at 12:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | シオン1日目
2007年11月26日 投稿

スイスワイン紀行1:グラスワインも一杯入魂

Episode 31 premier jour à Sion

シオンの旧市街を縦に通るグラン・ポン通り(Rue de Grand-Pont)に、「ワイン試飲できます」という店がある。ただし数フラン必要だから要はスタンディング・バーみたいなものだ。

シオンのワインバー
おいしいワインを立ち飲みしてみたかった


スイスワインはおいしい。しかしスイス国内で消費されるだけなので日本ではなかなか味わえない。

今日は赤を飲もうと思うのだが、スイスの赤ワインはフランスと同じ品種のブドウが多い。
ここ、スイス南西部ヴァレー州では、ピノ・ノワールとガメイという品種が主で、シラーなんかもある。

フランスのブルゴーニュ地方のワインを飲んだことがあるだろうか。ロマネ・コンティに代表されるブルゴーニュの名ワインはピノ・ノワールだ。

一方、ブルゴーニュの南、ボジョレーのワインはガメイで造られる。

ちなみに、昨日まで滞在していたティチーノ州・アスコーナでは、メルロー種のワインを飲んだ。華やかでおいしかった。

ブルゴーニュに真っ向から対する、スイスのワインはどうちがうのだろうか?


「試飲」はフランス語で、”dégustation”(デギュスタシオン)という。この言葉をたよりに、シオン観光のWebサイトからめぼしいところをみつくろっておいた。今日は5時から開いているはずだ。
店名は”Le Verre á Pied”(ル・ヴェル・ア・ピエ)という。

店に入ると、さっそく常連とおぼしき親父たちがワイン片手に談笑している。みな赤い顔だ。
マジメな顔でテイスティングしているような人間は誰もいない。

カウンターを切り盛りするおばさんは、髪型が兵頭ゆきみたいな短髪で細身の身体つき。掘りの深い顔は黒い皮ジャンを着てロックバラードでも唄うと似あいそうな、渋く気合の入った顔をしている。

こんな「大人」の世界に、私のような子どもっぽい若い衆が入るのは、ちょっと気が引ける。
しかし、ワインにありつくにはここを突破しなければならない。

「ボンソワール、デギュスタシオンしたいんですけど」

するとおばさんは、壁の張り紙を指差して、

「壁にある銘柄だったらできますよ」

張り紙をみると、”1dcl. SFr.5.50”とある。1デシリットル(100ml)5.5スイスフランの意味だ。

いろいろ飲みたかったので半分でよかったが、「半デシリットル」の言葉がどうしても思い出せず、まごついていると勝手に1デシリットル注がれてしまった。

最初は、店長オススメの赤。ピノ・ノワールを中心にいくつかのブドウをブレンドしてある。

グラスで気軽に楽しむワインだから、そんなに重厚な感じはなく、深紫のルビー色をしていてライトに飲めて、渋みもやさしくマイルドな感じだった(と思う)。

ここでやっとフランス語の「半デシリットル(demi deci =ドゥミ、デシ)」を思い出したので、次をオーダーした。
シラー種の赤。こっちのほうがいくぶん重めで、しっかりした造りだったと思う。

グラスで提供する手軽なワインだけれど、ワインのコルクを外した後、おばさんは慣れた仕草でグラスに鼻をつっこみ、口をもぐもぐさせてしっかりテイスティングをする。その時の目は真剣そのものだ。

おばさんは、ロックな風貌だけど、この時だけはバーのこだわり店主になる。

カウンターに置いてある紙を見ると、パソコン印刷のそっけない解説が書いてある。しかしその言葉がいかにもフランス。すべてメモしたので、日本語訳をご紹介します。長いので読み飛ばしてもOK。
(訳がちがっていたら教えていただけますと助かります)

Domaine du Mont d’Or
ドメーヌ・デュ・モン・ドール
2004 Assambrage Rouge Romance Barrique
2004 アッサンブラージュ・ルージュ・ロマンス 樽熟成

Assamblage de Pinot Noir, Diolinoir, Ancellotea et Gamaret; au nez fruits noirs, supeau, violette, notes d’épices, de cuir; au palais soyeux, tender, ample, tanins fondus.
ブドウ品種はピノノワール、ディオリノワール、アンチェロッタ、ギャマレのブレンド。ブラックベリー、ニワトコ、スミレの香りが感じられ、スパイス、なめし皮のノート(調子)も感じられる。タンニンは絹のようになめらかで優しく馥郁(ふくいく)として豊かに溶けあう


Domaine du Mont d’Or
ドメーヌ・デュ・モン・ドール
2004 Madame de Syrah
2004 マダム・ド・シラー

Au nez poivre noir, baies des bois, mûre, myrtille; au palais tanins presents, léger lieve humus, vin à boire et à garder.
ペッパー(こしょう)、木の実、桑の実、ミルティーユ(ブルーベリー?)の香り、存在感のあるタンニン、腐ったツタ(アイビーなど)も少し感じる。今飲むにも貯蔵するにもよい。


読んだ人はこれで本当にわかるのかと思うが、ひとつのワインに対して徹底的に言葉で表現しきってしまおうという、フランス的な気質が感じられておもしろい。
高級ワインでもなんでもないのに、言葉の限りを尽くしてワインと向き合うのである。

せっかくなので、代表格であるピノ・ノワールを使ったワインも体験したかったが、グラスでは提供されないという。やはりちょっとお高めなのだ。だからハーフボトルを買って帰ることにした。

参考サイト:
 Caveau-Oenothèque : le Verre à Pied お店のサイト(仏語)
 Sion Region - Wining and dining- シオンのレストランとワイン店(英語)
 
posted by やすみ at 16:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | シオン1日目
2007年11月11日 投稿

古城と教会・シオンの街散策

Episode 30 premier jour à Sion

ヴァレール城
シオンのシンボル・ヴァレール城へ


スイス南部のシオン(Sion)という街は、おいしいワインと古城が楽しめる町なのだが、日本人にはなじみがない。おかげで日本語の情報も少ない。

自分で言うのもおこがましいけれど、日本語でここまでシオンのことを書くのは、かなりめずらしいんじゃないかと思う(言いすぎか・・・)。

昨日までのアスコーナに続き、「日本人の知らないスイスの旅」は続く。


ちなみに、スイスで有名なシオン城は "Chillon"で、正確には「シヨン」と発音。
私が滞在した街は "Sion"。現地の発音は「ション」に近い。

ここに来るまでに、イタリア語と英語のシャワーを浴びてきて、言語中枢はすっかり西欧化している。フランス語にも、わりとすんなり切り替えができたようだ。

駅前でもらったフランス語の地図をみながら、町を散策。

東へ行くと旧市街。石畳のグランポン通り(Rue du Grand-Pont)を中心に小さな路地が入り組んでいる。

Grand-Pont 通り
遠くの山肌にブドウ畑が見える


シオンは、中世の古城と教会が残っている。中世好き、教会好きの私は真っ先に教会をチェックだ。

カトリックの教会、ノートルダム・デュ・グラリエ聖堂(Cathédrale Notre-Dame du Glarier)は、後期ゴシック様式。ただし大きな塔は12世紀まで遡り、ロマネスク建築なのだそうだ。

シオンの教会
ひっそりたたずむ大きな教会


華美な装飾はないけれど、荘厳さが感じられる。誰もいない聖堂内はなかなか居心地よい。観光むけでなく地元の利用がメインのようだ。

シオンのシンボルは、丘の上にそびえる2つの古城。
ひとつは火災で城壁が残るのみだが、もうひとつのヴァレール城 (Château de Valère)は12世紀の姿を留めていて、今は博物館的なものになっている。

トゥールビヨン城
ヴァレール城の丘から、向こう側のトゥールビヨン城を眺める
手前は古い中世の教会


まず丘を登るのがけっこう大変。晩秋のうらさびしい草ッ原と、古ぼけた石の城。まさに「わびさび」の境地である。

こちらに二つの城の写真あります:
http://www.myswiss.jp/castle/valere.htm

11月に入ると観光施設はぱったりとお休み。ここも今日は閉まっていた。まあ、中に入って歴史資料を見る余裕もない。それより、丘の上から雄大なアルプスと、眼下に広がる町並みの景色を楽しむだけでも、来る価値はある。

シオンの街:クリックで拡大します
こんな景色。奥には飛行場も。
クリックすると別ウィンドウで大画面をお見せします



城の脇を見ると、けもの道のような細い道がある。どこかへつながっているのだろうか。こういう道を見ると無性に歩いてみたくなる。迷子になるのを承知で歩いてみた。

ヴァレールの脇道
この右下の道をどんどん下っていく。すると・・・

valererd2.jpg
小さな教会の裏手に出た。右下の建物には・・・

valererd3.jpg
渋谷にありそうな落書きが一面にある。
中世の旧市街でも、若者のやることは同じだ。誰にも見られないこの場所に、不良たちがたむろして、悪さをしてるんだろう。

そこから教会の表側に出て、幼稚園の脇と劇場を抜けて、表通りのグランポン通りに戻った。

少し南下して、ミディ広場(Place du Midi)まで行くと、すっかり近代的(旧市街に比べれば)な様相。町のショッピングエリアだ。

秋の風物、焼き栗を売るスタンドもあった。ミラノでは食べそこなったので今度こそと思い行ってみると、髪をくりくりに巻いたダニエル・カールみたいなおやじが「30分待ってくれ」。後で来ようと思って結局忘れた。

今度は北上してさっきのゴシックの教会を通り、プランタ広場(Place de la Planta)へ。

旧市街はとても狭いエリアなので、ちょっと歩くとすぐホコリっぽい近代的な町並みになる。地図を見ると、ここに「i」(観光案内所)がある。

ヴァレーヌ城にあるパイプオルガンは14世紀のもので、ヨーロッパに現存する最古のもの。たまにオルガンコンサートがあるらしい。そのことを尋ねようと思い、寄ってみた。

観光案内所だけあって、英語は通じるのだろうか?

中には、透き通るように色の白い、でも眼はちょっと小さめの女の子が一人いた。

「ボンジュール。イングリッシュ、OK?」

「パルドン?(Pardon)

いやな予感がしてきた。

「え〜と、パルレ、アングレ?(Parlez anglais:英語話します?)

すると、女性はうつむいて

「あ〜、ウイ・・・メ、アンプー・・・(Oui, mais un peu:ええ、でもほんの少しだけ・・・)

と、ものすごく困ったような顔をする。案内所でもこんなもんか。

そもそも、シオンはスイス以外の人はめったに行かないだろう。外国人が訪ねてくるような町ではないんだと改めて痛感した。
もういいや、フランス語しゃべりゃいいんだろ。

「お城のオルガンコンセール(コンサート)、いつ、です、か」

「ああ、オルガンのコンセール。今日はありません。先月で終わりました」

イベントものは、観光シーズンの5月から10月まで。今日は11月6日だ。

とぼとぼと立ち去って、またぶらぶらと歩く。夕方近くの教会広場。お母さんが子どもと遊んでいる。観光客らしい人はまったく見られない。ミラノやアスコーナでの賑わいとちがって、まったく一人ぼっちの秋の夕方である。

ホテルで休憩したあと、いよいよワインを飲みに行く。スイスワインはおいしいのだ。


関連サイト:
スイス観光局:シオン(日本語)
http://www.myswiss.jp/area/09/sion.htm
Sion Tourisme(シオン観光局:英語、インタラクティブマップあり)
http://www.siontourism.ch/en/Place/
posted by やすみ at 19:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | シオン1日目

フランス語と大阪弁の関係?

Episode 29 premier jour à Sion

スイス国鉄SBBに乗って西へ。
列車の窓から見えるのは、見渡す限りのブドウ畑。山の中腹まで広がっている。
「ワインの町へ行く」という実感がわいてきた。

スイス南部の車窓
車窓はひたすらブドウ畑

目指すシオンという街は、スイス南部ヴァレー州の谷間にある街だ。ヴァレー州都ということだが、大都会とかそういう光景をイメージすると肩透かしを喰う。

低くて古ぼけたビルが通りを埋める、ちょっとくたびれた感じの地方都市だ。

だが、旧市街に行くと一転、中世の町並みと古い城郭がある。そしてなによりもこの街を特徴付けるのは、ワインなのだ。
くわしくは、この後のエピソードで紹介する。

「Prochan arrêt, Sion (次の停車はシオンです)」

イタリア領のドモドッソーラ駅を出てから約1時間。車内放送が、いつのまにかイタリア語からフランス語に変わっている。しばらく一人旅で、誰も頼れる人はいない。しかも英語の通じないフランス語圏だ。フランス語は少し心得があるとはいえ、だいじょうぶなんだろうか。

両側をアルプスの山に挟まれた街、シオンに降り立ち、まずはホテルへ向かわねば。ただし、ガイドブックも無ければ地図もない。よくそんな状態で来たもんだ。

駅前に「Tourism」とあったので入ってみた。店のおねえさんは、いかにもフランス系のクールな顔立ちをした美人。しかし、アジア人を目にしてちょっと緊張しているようだ。

「あ、あの、なにか・・・」

「スピーク、イングリッシュ?」

「ノン・・・」

やっぱりだ。

「シオンの地図、あります? (Vous avez un plan de Sion?)

と尋ねた。もちろんフランス語。なるべく発音に注意して、「しゃべれんだぞ」という雰囲気を精一杯出したつもり。そうすると、安心したのか、彼女はフランス語でまくしたてた。

「ここにはないわ。ただ、向こうのマクドの横にある(バスかなにかの)事務所にあります」

「何の横だって?」

「マクドの横」

大発見。フランス語ではマクドナルドのことを「マクド」というのだ。まるで大阪人ではないか。駅の看板にも「McDo」というふうな文字があった。

無事、地図をゲットしてホテルへ向かう。ホテルといっても、カフェ営業がメインのような、小さな安宿だ。プチホテルというほどおしゃれでもなく、観光用というにはちょっとくたびれている。地方出張に来たビジネスマンが泊まるにはいいかもしれない。

フロントには誰もいなく、大声だしても反応がない。仕方なく併設のカフェレストランにずかずか入り込んで、フランス語で「予約あるんですけどー」と伝える。やっとおかみさんが出てきた。

基本的事項は英単語を並べて伝えてくれた。どうも「夜はカギが閉まるからカギを自分で持っていて」と言ったらしい。それを忠実に守った結果、翌日トラブルになる・・・。

階上に上がるとそうじのおばちゃんが作業中だった。フランス語であいさつ。「ちょうど掃除が終わったとこなのよ」と通された部屋は、広めのツインだが、バスルームが異常に狭い。どうせ2泊しかしないので充分だ。

荷物を置いて、さっそく市内散策に出かけた。中世の古城とワインが待っている。

その前に、昼ご飯を食べることにした。

商店街のショッピングビルにたくさんの人が出入りしているので、のぞいてみると、ちょうどいいセルフサービスのお店があった。

見よう見まねで、キッシュやサラダを取ってレジへ。お茶はリプトンのハーブティーのバッグを好きに選び、自分でお湯を入れる。

シオンでのランチ
野菜を摂らないとね

食べ終わったあと再度店内を見ると、その場で調理するお惣菜コーナーもあった。おいしそうなパスタや肉料理もあって、少し行列のコーナーもある。なんだ、よく見ておけばよかった。

腹ごしらえを済ませ、町をぶらぶら。中世の趣が色濃く残る旧市街はすぐそこだ。その先はヨーロッパ随一の古さを誇る古城もある。


●おまけまんが:
 フランス語マンガこの旅で最初に使ったフランス語

 
 

 

posted by やすみ at 18:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | シオン1日目

ローカル線でいくマニアック・スイス

Episode 28 premier jour à Sion

次の旅の始まりだ。イタリア語の町からフランス語の町へ。
冒頭の"Episode xx" の表示も、ここからフランス語になる。
"premier jour" は”第一日目”という意味だ。

domodossola.jpg
ドモドッソーラ駅。国はスイスかイタリアか


今朝は早くにアスコーナを発つ。薄暗いテラスで早めに朝食を済まし、出発の準備。タクシーは昨日のうちにフロントで予約をしてもらったはずだ。

「はずだ」というのは、うまく伝わったかどうか心配なのである。昨日の夕方のこと、風邪をひいて具合の悪い私が、ボーっとした頭でした会話は、こんなふうだった。

「明日は、私のこと“タクシー”と呼んでくださいますか

「えっ、なんですって?」

「あ、まちがえた。明日、タクシーを呼んでくださいますか

英語でどう言ったか、わかるだろうか。最初の文は

 Would you call me a taxi tomorrow.?

言い直したのは、

 Would you call a taxi for me tomorrow?

である。微妙なちがいだけど、ちょっとおかしい。

しばらく待っても来ず心配したが、やっと大きなBMWのタクシーが来た。ホテルの親父の娘さんが送ってくれた。これでアスコーナともお別れだ。ありがとうシュペヒト、ミランダ、ワタナベさん、白髪のマダム、そしてパトリック。

タクシーがロカルノ駅についた。カラフルな建物がどんより曇った空に沈んで、地方のさびれた町に来たみたいだ。タクシーの運ちゃんが示した値段におどろいた。

「18フランです」

「じゅ、じゅうはちフラン〜〜!?」

1スイスフランは、およそ100円。たしか、メーター上がったの、1回くらいじゃない。1800円するような距離かよ〜!

これから貧乏旅行が始まるというのに、出鼻をくじかれた気分で駅へ。こんどは乗る予定の列車がみつからない! あらかじめ切符を買っておいたが(スイス国内の列車は日本でネットで買える)、乗り場がたくさんあるのだ。

日本で作っておいた時刻表には“FART”とある。この表示をさがすが見つからない。あちこち走り回ってようやくFARTの看板を見つけた。なんと地下ホームがあるのだった。こんな小さな駅に。

どうやら“FART”は、スイス国鉄SBBとは異なる、私鉄かなにからしい。

地下に入ると小さな4両編成の列車が。こんどはドアの開け方がわからず近くのおばちゃんに開けてもらった。ようするに腕力が足りなかったらしい。欧米では、どこのドアも力いっぱい押し引きしないと動かない。シートに座った瞬間、列車は動き出した。汗だくだ。

まわりには、「登校中です」みたいな感じの若い子と、ちょっと遊びにいきます的なグループが楽しそうにしていた。
みんな厚手のダウンジャケットを着て、重装備だった。登山でも行くのだろうか。

その理由がわかったのは、トンネルを出た時。

そこは深山幽谷。深い森の木々を縫って列車は進んでいた。紅葉も終盤で、ほとんど葉が落ちている。右側は山肌が目の前にあり、左側は谷底。切り立った深い谷の中腹に、単線の線路があり、そこをトコトコと進む小さな列車。

鉄道マニアが泣いて喜ぶ光景である。

地元の人ばかりだったので観光気分で写真を撮るのを控えたが、今では「撮っときゃよかった」と後悔しきである。

アスコーナの明るいリゾートからは想像できない、深くて暗い山の風景だった。
もう次の旅が始まっている。

山の小さな駅は、日本の田舎の駅と同じ。ちいさなプラットフォームに、木造の小屋がある。そこにある国旗はイタリア国旗だ。スイス・アスコーナからいったんイタリアに出たらしい。

イタリアというと、ナポリやヴェネツィアの海の光景が有名だけど、北にはアルプス山脈がそびえている。イタリアにもいろいろあるもんだ。

「こんなとこで降りてどうするんだろう?」と思うような、本当に山奥の、人がいない小さな駅で、女の子たちがポツポツと降りていく。ひたすら山の中を縫ってトコトコ走る小さな列車。

やがて、列車は地下に入り、車窓の景色はコンクリートの壁になった。終点のドモドッソーラ駅(Domodossola Sta.)に着いた。ここもイタリア領内だ。スイス国鉄SBBの大きな列車に乗り換えて、次の滞在予定地シオン(Sion)へ。

ここからしばらく一人旅になる。目当てはワインとチーズ。スイスワインはフランス・イタリアにも劣らない高品質なのだと聞く。スイス国内で消費されるので日本ではめったに出回らない。


関連サイト:
 FART(Ferrovie Autoline Regionali Ticinese)の会社のサイト
 http://www.centovalli.ch
 
 

posted by やすみ at 17:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | シオン1日目
2007年07月15日 投稿

11年ぶりの再会

Episode 27 quarto giorno in Ascona

mealex.jpg
宮澤やすみ連載コラム(『和のくらしマガジン Sakura』)より
やすみとアレックスの会話



ギャラリーを出てシュペヒトと別れのあいさつをした。明日は朝早く発つので、シュペヒトとはこれでお別れだ。固く握手をしてお別れした。


恩人のパトリックは来ないし、何もすることがなくなった。とにかく身体がだるくて寒気がする。完全に風邪をひいたようだ。風邪薬でも売ってないかな。

今日は日曜日。近所の薬屋は閉まっていた。やはりだめか、と思ったら横に張り紙があって、「日曜日に開いている薬屋さん」と説明がある。これはありがたい。さすがヨーロッパ随一の観光の町である。

ちょっと東へ歩いてスーパーの横にいくと薬屋が開いていた。中に入ると店のおじさんと客のオヤジがドイツ語で話しこんでいる。思考能力が低下していた私は、ドイツ語を話す店なのかと緊張してしまい

「え、え〜と、ハーベンズィー え〜 メディカメント、エアケルトゥング……」

すると店のおじさんは

「あのさ、英語、話せるから。それともきみはドイツ語のほうがいいのかい?」

「あ、そうだよね。スイスだもん英語通じるよね。あの〜風邪ひいちゃったんですけど」

「それなら、こっちかこっち。おすすめはこちら」

お湯に溶かして「お茶のように」飲むという風邪薬を買って、ホテルでさっそく飲んだ。オレンジ味でおいしい。それでベッドにもぐりこんで爆睡しかけたところ、電話が鳴った。

「ヤスミサン? アレックス、デス」

「おー! 今ギャラリーの前? そこで待ってて」

恩人パトリックの息子・アレックスは東京大学にいたので日本語が少し話せる。急いでホテルを出ると、3人が立っていた。レゲエ頭のアレックスとお母さんと、パトリックおじさん。

11年振りだけど、時を感じさせない再会だった。アレックスの運転で、フランスの田舎町からスイスの東南・アスコーナまでドライブ。6時間もかかってしまったんだそうだ。

「遅くなってごめんなさい。しかも明日仕事があるんだ。だからあまり時間はとれないが」

「まあ、とりあえずお茶でも」

ギャラリー横のカフェであたたかいお茶をオーダー。細かい会話はもう覚えていないが、お互い仕事が変わり、それなりに順調な人生を過ごしてきたようだ。

パトリックおじさんはホテルのフロントだったのが、今や”psychotherapy”(心理療法)の専門家として、ヨーロッパじゅうを講演してまわり、企業の研修なども携わっているという。アレックスは大学院の研究を終えてフランスに戻っている。

私はというと、名前が本名から“宮澤やすみ“に変わり、仕事もIT関係から文筆業、書家へとアナログな方向へシフト。パトリックは私の書をとても喜んでくれて、日本語の話で盛り上がった。

メモ帳を開いて、ペンで書きながら話は進む。

「ひらがなは漢字の草書体が変化したもの。これが楷書の“和”でしょ、これが行書ではこうなって、草書はこうで、ひらがなになる、と」

「これ、ホントに面白いなあ。この紙もらっていい?」

ほかにも、パトリックは私のヨーロッパ進出をとても喜んでくれた。でも作品が売れるまではいかない。そこで彼は

「ヨーロッパで売れるには、もっとオーソドックスな書がいいんじゃないか」

確かに、書道作品でなくとも、ただの手書きの漢字を書くだけで、みなさんよろこんでくれるのは確かだ。ただし、それでは作品として売り物にするわけにはいかない。それに、

「ただ漢字書くだけだと、満足できないんですよね。自分自身が」

漢字はアメリカでも流行していてタトゥーやTシャツのデザインにいいと思う。自分もそういう「素材」を提供するアルバイトはしている。ただしそれだけでは「宮澤やすみ」の名前が出ないし、オリジナル作品を見せる場というものが欲しかった。その場で結論はでない話だ。

風邪薬が効いてきたのか、ぐるんぐるんとめまいがしてきた。ちょっと吐き気もする。

「時間も遅くなった、ディナーでもどうかな」

「本当にありがとう。でも今、ぼく風邪ひいてまして。たぶん熱もある。それに明日仕事があるんでしょう」

「そうだな。身体に気をつけなさい。私たちも早めに帰ることにするよ」

「ありがとう。今日会えて本当によかったです」

こちらは風邪っぴき、むこうは長時間ドライブでヘトヘト。お互い最悪のコンディションで過ごした邂逅。たった1時間のことである。

しかし、本当に濃密な1時間だった。彼らはこれからまた6時間かけてフランスへ帰る。

「本当にありがとう。ヴ・ゼット・モン・ペール・アン・ユーロップ」

(あなたはヨーロッパでの私の父です)みたいなことをフランス語で言った。こんな歯の浮いた文句、日本語では恥ずかしくて絶対言えない。

丸顔メガネのパトリックと固いハグをして、お母さんとも西洋風のあいさつをして、背の高いレゲエ男のアレックスとは固い握手をした。彼らを湖畔で見送った。

じーんと感動してお腹一杯だったし、身体の具合が絶不調。そのままホテルのベッドに倒れこんだ。アスコーナ滞在はついに終わった。この滞在で本当にいろんな出会いと出来事があり、心から満ち足りた気分だった。

しかし旅はまだ前半。明日は早朝にアスコーナを発って、スイス南部の町シオンへ。いよいよ英語が通じない地方都市へ入る。

明日からは書家でなく、明日からはライターの顔で町を歩くことになる。

行く先々では、まだまだいろんな出来事が待っている。

 
posted by やすみ at 16:03 | Comment(1) | TrackBack(0) | アスコーナ4日目

ジュネーヴ、1995年

Episode 26 quarto giorno in Ascona

ほろ酔い気分でアスコーナに戻り、ギャラリーへいくのに少し時間があったので、ホテルで休んだ。やっぱり身体が重い。

2時にギャラリーへ行くとシュペヒトが来ていた。今日は日曜日で、休館日なのだが特別に開けてもらったのだ。

しばらく待っても、目当ての人は来ない。そのかわり、サングラスをかけた渋めのおじさんが、びっくりするような美人をつれてやってきた。英語でシュペヒトとやりとりした後、私に、

「あなた、日本の方?」

なんだ、日本人だった。

「そうです」

「めずらしいね。ここで日本人が展覧会やるなんて」

どうもどこかで見たようなオヤジ。羽振りよさそうな外見からして、アスコーナに別荘でもあるのだろう。ファッションデザイナーとか、そんなふうな雰囲気がする。連れの女性は娘だという。ハーフの顔立ちですらっと背が高い。モデルさんみたいだ。

シュペヒトと雑談しながら2時間ほど待ったが、ついに目当ての人は来なかった。シュペヒトは家族の看病があるのでこれでギャラリーを閉めるという。家族が大変な時なのに、私のためにわざわざ来てくれた。声はターミネーターみたいだけど、とても義理堅い、心の優しいおじさんなのである。巨大企業の社長なのに、偉ぶってるところがひとつもない。

目当ての客はフランス人のおじさん。その出会いは1995年にさかのぼる。

当時、IT企業でソフトウェア技術の開発をしていた私は、国際展示会に出展するためジュネーヴに滞在していた。仕事を終えて、湖畔の瀟洒なプチホテルに帰ると彼がいた。遅番のフロント係だったのだ。

ある時、筆ペンで出したはがきを見て、彼は「私にも書いてくれないか」と頼んできた。彼は趣味で詩を書いていて、それを日本語の書で書いて欲しいということだった。詩はフランス語。

まずそれを英語に訳してもらい、それを日本語にする作業が始まった。

夜な夜なフロントに出向き、この言葉はどういう意図があるのか、この言葉の意味は、と聞き、日本語訳をする。それをホテルの部屋で書にした。半紙も墨もない。西洋紙と筆ペンで一生懸命書いた。当時は書道から離れて久しかったので、そんなに上手な書はできない。それでも何度も繰り返し書き直して、なんとかベストと思われるものを書き、手渡した。彼は何度もメルシィと言って喜んでくれた。

他人のために、書を書いたのは初めてだった。しかも外国人。こんなによろこんでもらった経験もあまりない。

数年後、会社を辞めて悶々としていたころ、ジュネーヴでの出来事を思い出して外国人向けに書道作品を制作するようになった。それが今でも続いていて、2002年のニューヨーク、今年2006年のアスコーナ展につながる。

すべては、ジュネーヴでの出会いが始まりだった。

パトリックというそのおじさんとは手紙も途絶えていたが、あるとき「パトリックの息子です」というメールが届き、彼が東京に来ていることを知った。ジュネーヴの記憶が東京・飯田橋へ。
2006年4月にパトリックの息子アレックスと飯田橋で会って、また縁がつながった。そしてその11月。私はヨーロッパにいる。パトリックと再会するには絶好の機会だった。

今日、2時に来ると言っていたがついに来なかった。ギャラリーは閉まったが、万一のことを考えて、入口に張り紙をしておいた。

「パトリック、これを見たらホテルへ電話ください」

はたして、パトリックと息子アレックスに再会できるのだろうか?
 
posted by やすみ at 15:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ4日目

スイスでおそば

Episode 25 quarto giorno in Ascona

soba.jpg
スイスでこんな食事にありつけるとは!


アスコーナ滞在も4日目、明日は朝早く発つから、実質今日が最後だ。

朝起きると、身体が重く、食欲がない。でも昨日の電話で、昼からワタナベさんに会うことになっている。一旅行者が、スイス・ティチーノに住んでいる日本人にお会いできるのだから、とても貴重なことだ。

昼近くまでゆっくりして、待ち合わせ場所に向かい、ボーっとしていると小さな車が停まった。ワタナベさんだ。

「いや〜昨日はすみません」

「いえいえ、私もお会いできてよかったです」

車に乗り込み、家まで。アスコーナからすぐ、と聞いていたのにいっこうに到着しない。街を外れてどんどん山奥に入っていく。くねくね道を進みながら、

「向こうの山はね、標高2000m以上あるんですよ」

スイスによくある、白い雪をかぶった尖った形の山とはちがい、こんもりしていて頂上まで緑豊かな山がある。日本の山村に入り込んだような印象だ。ただし道のあちこちには、お地蔵さんではなくキリストやマリアさんのちいさな祠がある。

tessin.jpg お宅から見える風景も山深い

もうちょっとで車酔いしそうなくらい、ウネウネと山道を進んだところで、たどり着いたのは、黒ずんだ木材と石でできた古いお宅。たしか450年前だかそのくらいに建てられたそうだ。

出迎えてくれたのはドイツ人の奥様。だけど関西弁混じりの日本語が堪能。お二人は大阪で会ったのだ。小ぢんまりしたリビングには暖炉があり、りっぱな皮のソファと古いピアノがある。

「さてと、おそば好きですか?」

と言われて出てきたのはなんと日本のそばとおしんこ。写真だけ見るといかにも日本だが、それをチェコのビールを飲みながらいただくところがヨーロッパ風だ。

娘さんのマイちゃんもご飯を食べにやってきた。おとといの展覧会にも来てくれた9歳の女の子。

私はお礼代わりに、直筆の色紙をあげた。マイちゃんには「舞」と書いた小さなサイズの色紙をあげた。マイちゃんは

「アリガト」

と言ってくれた。

tessin2.jpg ヨーロッパの古民家に私の書がおさまった

ワタナベ氏は東京、大阪の大学でドイツ語を、ドイツ、スイスの大学で日本語を教えてきた教授だ。出身地の東京では、私の自宅・神楽坂のすぐ近くに住んでいたことが判明。関西にも関わりがあるところも私と一緒だ。関西風味が好きな彼とは、牛丼の好みが一致した。

「“松屋”より、“なか卯”がいいよね」

「そうそう。あのうどんは東京で関西風味が欲しいとき、絶好ですよね」

ベランダで虎屋のようかんをいただきながら、雑談は続く。私がどんな仕事をしているのか気になるようだ。

「日本では、文筆業がメインですよ。和菓子の本書いたり、『お寺にいこう』という本を出したり、最新刊は『はじめての仏像』っていう本で・・・」

「お気に入りの寺とか、あるんですか」

「実家が鎌倉に近いので、北鎌倉のお寺なんかよく行きますね」

すると、また興味深い縁が発覚した。ワタナベ氏のお姉さまは、鎌倉の名刹、J寺の住職の奥様だという。これまで好きでよく通ってたお寺だ。なんてこと。スイスの山奥で、鎌倉とのつながりができた。

今食べたそばも虎屋の羊羹も、そのお姉さまが送ってくれたものだった。鎌倉から送られたものを東京住まいの私がスイスで食べた。
帰国後にさっそくあいさつに行ってきた。なんだか不思議な気がするが、これも「縁」というやつだろうか。たまたまアスコーナへ向かう列車内で隣り合わせただけなのに、こんなに不思議な縁もない。

「しかし、ヤスミさんみたいな人はめずらしいね。文筆業や書道で食ってるし、しかもアスコーナに呼ばれて来るなんて」

「以前はサラリーマンやってましたけど、いろいろあってこっちの世界に。あまりお金は入りませんけど、まあのんびりやってますよ」

「ご両親はどういう人?」

「父はふつうのサラリーマンです。兄もIT関係の人だし」

「あなただけが、こういうヤクザな世界に行っちゃったんだね。オレもそうだなあ。日本を出て何十年もこっちに暮らしてるけど、日本に帰ろうとは思わないな」

65歳を過ぎて、ウチの父と同じ世代だというのに、「オレ」という言い方がとても似合う。私が先日離婚したという話をしたら、自分は三度目で、子どもも何人かいるという。スケールがだいぶちがう。人生の深さがちがう。私が離婚した時は人生全て終わったような気もしたが、ぜんぜんそんなことはないのだった。自分もまだまだこれからいろんなことが待ちうけているのだろう。

昼2時に、長女を迎えにロカルノへ行くというので私も下山することにした。長女は小学生だがアイススケートの有望な選手で、スイスかヨーロッパで上位にランクされたらしい。

ロカルノへ下山すると、ちょっとアジア風味の顔をした女の子が乗ってきた。妹のマイちゃんは南欧風の顔立ちだから、姉妹でだいぶちがう。ただしどちらも色白で美人なことはまちがいない。10年ぐらいしたらぜひまたお会いしたい。

ロカルノからアスコーナの入口あたりへ下ろしてもらい、あっさりと別れた。たぶんこれでお互いもう会うことはないかもしれない。だけどたぶん一生記憶に残る時間だったと思う。この旅でまさか日本人に世話になるとは思わなかった。

この後は、フランス人の恩人と11年ぶりに再会する時が待っている。今日はいろんな縁をつなぐ日なのかもしれない。

 
posted by やすみ at 15:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ4日目
2007年05月13日 投稿

すれちがいと再会の”EN”

エピソード24 terzo giorno in Ascona

madame.jpg

ホテルにもどると、電話がかかってきた。こちらにきてから会った日本人のワタナベ氏がお家にお招きしてくれるという。「5時に湖畔の駐車場で」と聞いたので、少し休んだあと時間をみはからっていそいそと出かけた。

もうあたりは真っ暗。さびしい駐車場は湖から冷た〜い風が吹いて来る。しばらく待ってもこない。寒さに身を縮めながら一時間ほど待った。海外では時間どおりにいかないものだけど、スイスはそうでもないんじゃないか。

あんまり来ないので公衆電話を探すと、クレジットカードが使える。ただし説明がよくわからない。何度もトライしてやっとかけることができた。

「プロント? Pronto?

最初はなんのことかわからず、ホテルのフロントにでもつながったのかと思った。しかしこれはイタリア語で「もしもし?」と言ってるのだ。

とつぜんのイタリア語にまごついていると、ご主人に代わってくれた。

「あーごめんなさい。5時にもういちど電話してくれと言ったつもりだったんですが」

今からだと間に合わないので中止ということになった。せっかくのことなのに、残念。とぼとぼと湖畔を歩いて、食量調達に向かった。

アスコーナ入りしたときに入ったバルでまたフォカッチャを買う。ここで思い立って、もう一度ワタナベ氏へ電話をかけてみた。もう公衆電話の使い方は覚えた。

「やっぱり、せっかくなんで明日とか会えませんでしょうか? 2時までなら空いてるのですが」

「それなら、お昼にお会いしましょうか。11時半に駐車場前のホテルで。こんどこそ迎えにいきますよ」

「ありがとうございます!」

このチャンスを逃すと一生会えないかも、と思うとどうしても会っておきたくなる。この出会いがまた新たな縁を広げるのだが、それはまた後ほど。

とにかく今は、寒くて身体がギシギシいうようだ。早く帰ろう。

と、ギャラリーの前を通ると、老夫婦がギャラリー内のわたしの作品をまじまじと見ている。奥様は、昨日のパーティであった白髪のマダムじゃないか。思い切って声かけてみた。

「マダーム!」

「オー またあなたに会えるなんて、なんてすてきなのかしら。何してらしたの?」

私はフォカッチャの紙包みを見せて、

「いやなに、このディナーを買ってきたんですよ」

「オーこれがあなたのディナー・・・。そう。もしお邪魔でなかったら、お茶でもしませんこと? (ご主人に)ねえあなたも、いいでしょう? もしディナーをすぐ召し上がるなら、ムリなさらないで。ご迷惑でなければ」

「もちろん 喜んで!」

こうしてギャラリー横のカフェに入ってあたたかいお茶を飲んだ。

「スイスは本当に変な国。言語が4つもあるのよ。私はフランス語を話すけど、主人はドイツ人なの」

聞いてみると、マダムはやっぱりフランス人。でも航空会社の地上勤務をしていたそうで、世界じゅうで暮らしたそうだ。

「リオデジャネイロは人がとても優しかったわ。でも郊外へいくと危険ね。ニューヨークは嫌いです。冷たくてコンクリートばかりで」

一方、ドイツ人のご主人は、いかにもゲルマン民族といった風貌。魔女みたいにひょろっと伸びた鼻が特徴。私の作品に興味をもってくれて、日本語の構造や文字が三種類あることなど、いろんなことを話して時間はすぎていった。

「わたしたちは数ヶ月前にアスコーナに住み始めたばかり。ここはお金持ちばかりがすんでますわね。わたしたち、お金はちょっとしかないけれど、ここでゆっくりと暮らしていきますわ。ああ、あなたもここにずっといてくれたらいいのに!」

 エルキュール・ポワロの世界に登場しそうな、優雅なものごしのマダム。輝くようにきれいな白髪を束ねて、高価じゃないけど品のいいキャメル色のウールのコート。いかにも清貧といった感じの女性だ。

この夫婦は、老後をこのアスコーナで過ごす。この町にはリゾートでもあり、保養地でもあり、どことなく私の実家、逗子や葉山に似た感じの街なのである。

「こういうの、日本語で”EN”って言うんですよ」

と、メモ帳に”縁”の漢字を書き、横に”EN”を書いた。

「あ、わかる。同じような言葉がフランス語にもありますわ」

とマダムは言うと、”縁”の字の横に”ENSEMBLE”と書いた。

「アンサ〜ンブル。お互いが不思議な力で合ってハーモニーを奏でるのね」

「両方とも”EN”ですね」


住所を取り交わしてお別れ。心はぽっと暖かくなっていたけれど、ホテルに帰ると寒気がして身体がだるい。やっぱり風邪気味のようだ。

明日は恩人に再会する約束がある。11年振りの再会なのに、私はどんどん体調が悪化していくのだった。
 

posted by やすみ at 18:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ3日目

おみやげ文化の国際摩擦

Episode 23 terzo giorno in Ascona

書道作品、和
昨晩ホテルで書いた色紙作品


感動のランチ後、ミランダと別れ、私とエヴァはシュペヒトの車で彼のアトリエへ向かうことになった。

今日はシュペヒトの仕事場に招かれるということで、ちょっと手みやげを用意しておいた。直筆の色紙作品。昨晩ホテルで書いたのだ。

「シュペヒト、ダス・イスト・アイン・ゲシェンク(Das ist ein Geschenk)」

旅行会話集で覚えたドイツ語。「これはおみやげです」という意味だ。
するとシュペヒトはちょっと苦笑いして、

「まったく、日本人は必ずゲシェンク(おみやげ)をもってくる」

と、礼も言わずに車のトランクにポンと投げ入れた。やはり、こういうところは日本のようにいかない。

アトリエと言っても、りっぱな石造りの一軒家だ。中に入ると、白を基調にしたインテリアがまぶしい。彼の車もそうだが家もまた、007に出てきそうなセットだ。と言っても悪者のアジトのほう。『女王陛下の007』が思い出される。

atelier1.jpgそこには彼のポップな絵画や彫刻作品がたくさんある。なにしろ広いフロアだから大きな作品も品よくおさまっている。大伸ばしの写真もある。

彼はついこないだまで、世界シェア6割だか7割だかを誇るメーカーの社長だった。大金持ちは、ちがうなあ。

ぱぱっと見て、帰る事になった。家に招かれてダラダラしないのは、日本もヨーロッパも同じ。ただ、ひとつ思い残した事があった。


「シュペヒト、ぼくのゲシェンク(おみやげ)、見てくださいよ。あなたのために特別に作ったんだから

ああ、忘れてた、といった感じで、シュペヒトは包みを開けた。金地の色紙に、昨晩筆と墨で書いた作品を見て、シュペヒトは言った。

「すごいな、いつ作ったんだ? ヤスミはマジシャンか?」

むこうの感覚だと、作品というものは絵の具をコテコテ塗りながら乾くのを待ち、時間をかけて作るものだと思ってるらしい。
書道はちがうのですよ。思いが高まりさえすれば、実際の「描く時間」は一分もない。

シュペヒトに頼んで、日曜日である明日もギャラリーを開けてもらうように頼んだ。

「明日は、ぼくにとって大事な大事な人が来るんですよ。フランスからわざわざ」

その大事な人のことは、翌日の日記で話したいと思う。

「わかった。じゃあ2時に開けるよ。ただ、3時で閉めさせてくれるか。その後用事があるんだ」

なんでも病院に行くのだそう。家族が病気しているらしい。忙しい時にすみません。

アスコーナの中心まで車で送ってもらい、シュペヒトと別れ、エヴァと二人でアスコーナをぶらぶらと歩いた。

「ヤスミは、アーティストのほかに仕事もってるの?」

「うん、ライターやってる。本を出したり、新聞に書いたり」

「結婚は?」

「一度ね。でも離婚しちゃった。この6月」

山のように大きな身体のエヴァと、日本人の中でも小柄な私。彼女の顔を一生懸命見上げながら話す。

「ヤスミは、アトリエとかもってないの?」

「無いねえ。エヴァは?」

「私はウィーンの家の近所に借りてる。ヤスミも必要なんじゃない?」

「自宅でやるしかないね。東京は大きな街だけど、ひとつひとつのルームはすごく狭い」

私は、東京の住宅事情を英語で説明したかったが、うまく言えたかどうかわからない。専用のアトリエで制作に没頭するエヴァにくらべて、オレは畳敷きの自宅でちまちまと制作。ちょっと恥ずかしくなってきた。

国の事情のちがいもあるけれど、アーティストとしての活動に投資できるだけの余裕があるというエヴァがうらやましい。

「こういう展覧会もいいけど……ね」

「投資したぶんのお金が返ってくるかというと、そうでもないもんね」

「お金を稼ぐとこまでは、いかないのよね」

お互いたどたどしい英語でグチをいいながら、アスコーナの石畳をとぼとぼと歩く。だいぶ陽が傾いて、道行く人の影が斜めに長く伸びている。やがて湖畔に戻って、ホテルのあたりへ着いた。

「じゃあ、ここでお別れね」

映画「もののけ姫」に出てくる「でいだらぼっち」みたいに、エヴァの顔が天から降りてきて、私の顔にくっついた。左右順番に頬をくっつけて、西洋風のあいさつを交わし、さよならした。

ホテルに戻ると、思いがけない人から電話が来た。
 
posted by やすみ at 18:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ3日目

ついにニョッキと対面!

Episode 22 terzo giorno in Ascona

アスコーナ、ニョッキ
ついにみつけたニョッキのお味は?


パーティの一夜が明けた。今日は昼前にシュペヒトやエヴァとランチをする予定。朝ゆっくりして、湖畔を歩いた。

アスコーナ、モタ広場
ホテルのバルコニーから見たモタ広場の景色

ベンチに腰かけ、水面の光に目を細めていると、

「グッドモーニン」

エヴァが横に立っていた。

「グッドモーニン、エヴァ。ハウワーユー」

「アイム ファイン センキュー。アンジュー?」

「イエス! ファイン」

おお〜っ! 教科書どおりのあいさつ! 初めて実際に使ったぞ。

「今日も良い天気だね。エヴァはいつまでここにいるの?」

「明日までよ。そのあとサースバーグに寄って、ウィーンに帰るわ」

「サースバーグって言うと……」

「Salzburg」

「ああ、ザルツブルグか。モーツァルト!」

「そうね(笑)。ダンナが言ってたけど、ウィーンでは大雪が降ったって……」

ヨーロッパも広い。ここアスコーナでは、ピーカン天気でポカポカ陽気なのに。

エヴァは、そのへんぶらぶらしてくると言って去っていった。ぼーっとしていたら、待ち合わせ時間まであと10分。湖畔の東端にある駐車場へ向かった。もうシュペヒトは来ていた。エヴァもいる。

「さあ、乗った乗った。マッサージチェアに座るのはどっちだ。こないだヤスミがやったから、エヴァ、どうぞ前へ」

シュペヒトの豪華メルセデスがお出まし。007のボンド・カーみたいだ。

「ほんとすごいよね。この車。潜水艦にチェーンジ!しないの?」

「ガハハハハ! どうだエヴァ、シートがマッサージしてくれるだろ。Like a Japanese Club!」

Japanese Clubというのは、どうもキャバクラのことを言っているようだ。

「私が日本に行った時は、よくビジネスマン Onlyのクラブに行った。1階はバー、2階はレストラン、3階はサウナとマッサージルーム。そこは女の子が仕切ってるんだ」

シュペヒトはもともと国際的大企業の社長なんだから、行くところも特別だろう。
マッサージしてくれるのは、女性に限るってわけか。私はちょっとからかってみた。

「このシートも女なんじゃない?」

「Yes! This seat is female!!」

湖畔をぐるっとまわって、ついたのはレストラン。白い外壁がまぶしくて南欧風だけど、コンクリートの重厚な造りはドイツっぽい。吹き抜けの広いダイニングには、テーブル席のほかにソファ席やライブセットもある。ミランダが席に着いていた。

「こんにちはヤスミ。昨日はよく眠れたかしら」

「ええ、ばっちりね」

さっそくランチを注文。
土曜日の昼ということで、「とりあえずビール」を注文してしまったが、ほかは全員「アクア・コン・ガス(炭酸入りミネラルウォーター)」。

そうだよなあ、酔っ払っちゃうもんなあ、と思いながら、食事のメニューを見ていると、見つけた! “Gnocchi”の文字が! ミラノで食べられなかったニョッキにここでありつけたのだった。

嬉々としてメニューの料理名を言ったら、ミランダが、

「ヤスミは、イタリア語の発音、完璧ね」

と感心した顔で言う。イタリア語は、日本語のカタカナ発音に近いので楽である。

「イタリア語の発音って、日本語と似てるんだ」

するとシュペヒトが

「そう、それとドイツ語もな」

とすかさず付け加える。母国語を愛するシュペヒトである。

出てきたニョッキは上の写真のとおりで、油でからませずフレッシュなミニトマトをつかってあっさり仕立ててあった。もちもちニョッキに酸味のきいたトマト。最高だ。

pcotta.jpgドルチェはパンナコッタ



ランチを終えておしゃべりしてたら、スーツをパリッと着込んだ青年実業家風の男性がやってきた。シュペヒトやミランダと握手をかわし、ドイツ語でべらべらと会話が始まった。

「エヴァ、あの人、誰なの?」

「この店のオーナーみたいね」

その後もシュペヒトとオーナーの打ち合わせが続く。どうやらここに作品を飾りたいらしい。
私も紹介されたので「すみません、ドイツ語しゃべれません」といって握手をした。いかにもスイス人らしい、熊みたいながっちりした体格で、銀縁のメガネがキラリと光る。銀行にでも勤めていそうな風貌だ。

「あの〜シュペヒト、ぼくドイツ語ぜんぜん分かんないんだけど、結局何が決まったの?」

「ようするに、テストだな。ここに作品を飾ってみて、いろんな客にみてもらおうというわけだ」

だから、私の作品を今後3ヶ月くらいアスコーナに置いておきたいという。ここで長い時間人目にさらされるのであれば、うれしい限りだ。もちろんOKした。

この後、いよいよシュペヒトのアトリエへ向かう。
posted by やすみ at 17:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | アスコーナ3日目
2007年03月31日 投稿

ドイツ語わからない!

Episode21 secondo giorno in Ascona

パーティ後、隣のレストランでおいしいワインを飲みながら雑談している。

私以外は二人ともドイツ語民族。シュペヒトはケルン出身、エヴァはウィーン出身だ。だから彼らが興に乗るといつのまにかドイツ語でしゃべってる。こっちはさっぱりわからない。シュペヒトはそれに気付いたのか、途中から英語に切り替えた。

「ミランダはよく仕事をやってくれる。それにひきかえブリジットは……」

と、いきなり部下のグチをいいだす。エヴァもそれに同意。エヴァも関係者なんだろうか? しかし、部外者の私もいるというのに、いいのかなあ。

「ブリジットときたら、伝票はまちがえる、書類づくりもまずい。ジャーナリストを志望しているというのに、あれではいかんな」

「もう少し、おちついて気をつければいいのにね」

と二人でブツブツやっていたので、ちょっとブリジットに肩入れしたくなった。私が口を挟んで、

「でも、ブリジットはぼくの写真を撮ってくれましたよ。とても上手だった」

と言っても、二人にとってはあまり説得力のないコメントだったようだ。

さて、食事が進むにつれ、言語のちがいの話になった。こっちは疲れていたのでてきとうに聞き流していた。しかし、シュペヒトがドイツ語でエヴァに何か言うと、彼女は突然こっちを向いて、英語で話かけた。

「えっ! 日本語って、性別がないの?」

と真顔で驚く。

「うん、そうだよ」

「つまり、冠詞がないのかしら」

「そんなもん、ないなーい!」

こっちにしてみりゃ、モノの名前にいちいち男性・女性の区別があるほうが不思議。英語はぜんぶtheですむけれど、ヨーロッパはそうはいかないのだ。シュペヒトが付け加えて、

「だから我々は名前を覚えるとき、必ず冠詞をつけて覚えるんだよな。それにドイツ語になると、男女に加えてニュートラル(中性)があるから、また大変なんだ」

シュペヒトは、テーブルのミネラルウォーターを指さして、

「たとえばこの水。水はドイツ語でWasser(ヴァッサー)だけど、中性なんだ。だから冠詞をつけて、Das Wasserと覚える」

シュペヒトが、ターミネーターみたいなドスの効いた声で“ダス・ヴァッサー”というのを聞くと、どんなすごい秘密兵器なのかと思ってしまう。彼がドイツ語を発すると、どんな話題でも悪の組織の秘密会議みたいに聞こえるからおもしろい。

「男性の冠詞は、Der、でしたっけ」

「そう、それが活用して変化する」

「昔習いましたよ。Der、Des、Dem、Den……って」

「おお、ヤスミはできるんじゃないか。ドイツ語は日本語の発音に似てるから、日本人が習いやすいんだよな」

「う〜ん、でも難しいですよ。ぼくはドイツ語のRの発音ができないなあ」

旅行会話集に“Ich freue mich 〜”(イッヒ、フロイエ、ミッヒ:うれしいです)というフレーズがある。それを指差してそう言った。するとエヴァが、

「ちょっと読んでみて」

「いっひ、ふぅぅおいえ ……」

「できてんじゃない。OKよ」

「えっ、これでいいの?」

ドイツ語のRは巻き舌で「ぅるるるる」とやると聞いていたが、そうでなくてもいいようだ。舌先を口の天井につけずに立てておいて、「う」とか「あ」と言えばよいらしい。英語のRと似たようなものか。

ちなみに、フランス語のRは、舌先を下前歯の歯茎に押し付けて、息を吐き出す。独英語とまったく逆である。「らりるれろ」より「はひふへほ」に近い音がする。

こんな感じで、展覧会初日、パーティの夜は更けて入った。

とにかく、がんばった。パーティがお開きになったとたんに疲れが出て、身体が重い。この先旅はまだ続くのに、ちょっと体調が心配になってきた。シュペヒト、エヴァ、ミランダとは明日からも行動をともにするというのに。

そして、思いがけない出会いや旧友との再会が、この後も待っていたのだった。

ドイツ語マンガおまけまんが:ドイツ語って、こんなふうに聞こえるんだよね・・・
 
posted by やすみ at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ2日目

ティチーノのおいしいワイン

Episode 20 secondo giorno in Ascona

あっという間にパーティは終わり、スタッフだけが残った。
今日は金曜日。明日はこのメンバーでランチに行くことになっている。ミランダは「また明日!」と帰っていった。ところがブリジットは火曜まで来ないという。自分は月曜朝にここを発ってしまう。

「じゃあ、今日でお別れだね。どうもありがとうブリジット」

私の写真を撮ってくれたのはブリジットだ。なかなか上手。忙しいパーティの最中にも、シャッターチャンスを逃さず一生懸命撮ってくれた。

「こちらこそありがとう。ヤスミサンお元気で」

いろんな人と一気に会って、疲れがドッと出た。軽く食事でもどうだい、とシュペヒトが言うので、エヴァも一緒にとなりのレストランへ入った。

イタリア料理のメニューが並んでいたが、肉はちょっとへヴィなので魚にした。たぶんスズキかなにかだと思う。だけどワインは赤を飲みたかった。シュペヒトに「魚に赤でいいのか?」と念を押されたが、赤にした。

というのは、ティチーノのワインはメルロー主体と聞いていて、赤がおいしそうだったからだ。ここにいられる数日の間に、飲みたい物を飲んでおきたい。実際これが、ここスイス・ティチーノ州で最後の赤ワインになった。この後スイス各地でワインの旅をすることになるのだが、その始まりだ。

pesce.jpg
魚料理。クリームソースでライトに


そして運ばれたワインは、いきなり高得点!

この旅行全体の中でもベストに位置するほど、おいしかった! ベリーの香りというのだろうか、ふんわりと華やかな香りが広がる。口あたりはなめらかで、ボディはしっかりしていながらタンニンは控えめ。私の好きなパターンである。

スイス、ティチーノの赤ワイン
銘柄は“MOMO”というかわいいもの。ラベルがちょっと変(笑)


パーティがはねた後、会話が進み、イタリア語の飛び交うレストランで、ドイツ語と英語の会話が続く。

いかにも、スイスだなあ。
 
posted by やすみ at 22:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ2日目
2007年03月21日 投稿

スイスで着物で展覧会! その2

Episode 19-2 secondo giorno in Ascona


「茶室」のマダムに書をアピール

宮澤やすみのヨーロッパ展覧会がいよいよ始まった。最初に来たのは常連客。いつもとちがう、筆と墨の書道作品群に目を輝かせている。

「紹介しましょう。こちらが作品を描いたヤスミです」

とシュペヒトがきっちり紹介してくれる。そして、あっという間にいろんな人がやってきた。いただいた名刺を見ると、大学教授、金融関係者など、それなりの地位がある、ちょっと固めの人が何人もいる。だいたい名刺を持ってる人なんてそういう人ばかりだ。
その一方で、映像関係だという気のいい兄さんも来ていた。顔を赤らめてゴキゲンのようだ。


「パンフレットがあるので、どうぞお持ちください」

私がホテルで書いて、ブリジットが清書してくれた作品解説をみなさんに渡す。なるほどなるほど、と言いながらもう一度作品に見入るお客さん。こういう時はあまり話かけないほうがいい。じっくり見てもらって、感じてもらう。人によって、よけいな説明なしに自分なりに見る人もいれば、こちらにいろいろと質問してくる人もいる。
以下は、展覧会で交わした会話である。


「この作品は、“空”という漢字をもとに、イメージを膨らませて絵画的にアレンジしたものなんです」

「いいねえ、こっちは泣いている、どんよりした空。こっちはスマイル。いいね!」
 

 



「こっちのは英語をそのまま書いています」

「わかるよ。“Positivity”って書いてあるね」

「ポジティヴでいるのって、とてもハードなことだと思うんですね。その感じを、一本足で一生懸命立っている様子で表現しました」
 
 
 







「このマボロシという作品は、特別なインクなんですか?」

「これは青墨(せいぼく)という墨を使っています。このブルーグレーの色合いがいいでしょう。立体感が出るんですよね。3Dですよ」

「たしかに、浮きあがってくるような感じだな」

Episode 18 で書いた、茶室のマダムも約束どおり来てくれた。うれしい。こういう方はやはり古典的な作品に興味があるようだ。

「この掛け軸、すてきねえ」

「これは禅語が書いてあるんですよ。“ユゲザンマイ(遊戯三昧)”といいます。それを伝統的な草書体で書きました」

掛け軸は、表装されている布地もきれいでいかにも和のテイストだから、この茶室主人ならずとも和風好きなヨーロッパ人にはたまらない。「京都で作られたんですよ」とでも言うと「オー、キヨート!」とうれしそうだ。

 
 
 
そうして盛り上がっていると、フリースを着込んで真ん丸なぬいぐるみみたいになっている日本人がやってきた。Episode 15 で、列車内で偶然会ったワタナベさんだ。これで日本語がしゃべれる。

「いやどうも〜、わざわざありがとうございますう〜」

「日本人がこういうことやるの珍しいから、来てみましたよ。盛況ですね」

ヨーロッパのど真ん中で、フリース姿と着物姿の日本人が二人。シュペヒトはめずらしそうに写真を何枚も撮っていた。

exhibition1.jpg
この方は、この後も登場します

会場は、満杯というほどではないけれど、それなりに人が入っている。
その中に、ある老婦人が目にとまった。真っ白な髪の毛をまとめていて、ウールのロングコートはとても質素。しかし、スッと背筋の伸びた様子からして、昔の女優のように全身から気品があふれている。
白髪のマダムは、私の作品の前から動かない。

「私の作品、気に入っていただけましたか?」

「オー、あなたが描いたのね。すばらしいですわ」

マダムは胸の前で手を組んで、上品な笑顔で優雅によろこんでくれた。私は今回、英語の作品、抽象画、漢字作品、ひらがな作品を出している。適宜解説を交えながら一緒に見てまわった。

「ああー、なんて素敵なんでしょう。あなたみたいな人が、アスコーナにずっといれくれればいいのに」

「ありがとうございます! 私もあなたにお会いできてよかった」

「私はアスコーナに住み始めたばかり。また、お会いしましょうねえ。きっとですよ」

芝居がかった仕草もセリフも、このマダムがやると臭くない。服装は質素なのに、とても高貴な感じがする。ひょっとしたら、かつては上流階級の出で、なにかの事情で追われる身だったりして。勝手な妄想が広がる。そして、このマダムとは、この後また縁をつなぐ出来事に遭遇するのだった。

パーティは続く・・・。
 
参考サイト:
 宮澤やすみの書道作品集
 書道とロックとモダンアートと英語フランス語
 

posted by やすみ at 19:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ2日目
2007年03月20日 投稿

スイスで着物で展覧会! その1

Episode 19-1 secondo giorno in Ascona


ギャラリーの人たちと記念撮影

ちょっと早めにギャラリーへ行くと、ブリジットだけが来ていた。

「ブォナセーラ、ブリジット。準備中だね」

ブリジットはチーズを皿に並べたり、スプマンテ(イタリアのスパークリング・ワイン)をワインクーラーに入れたりしていた。

「ブリジット、ちょっとお願いしていい? 写真を撮ってくれないかな」

誰もいないうちに、作品を交えて写真を撮ってもらった。なかなか上手。写真を撮り慣れているようだ。後で聞いたらジャーナリストをめざしているのだそう。いろいろな角度から撮ってもらった。

写っているのは書道作品に着物姿。この写真だけ見て、誰がヨーロッパだと思うだろうか。でもこれはまぎれもなくヨーロッパでのこと。大事な記録なのだ。

そうこうしていると、ミランダとシュペヒトがやってきた。

「ヤスミ! ナイス キモーノ!」

「この日のために着物を用意してくれてありがとう。ヤスミ」

ギャラリーに入るやいなや、ミランダもシュペヒトも私の着物姿を喜んでくれた。男性の着物姿を見るのは初めてだそうだ。

「ありがとう。ミランダのネックレス、“かっこいい”ね!」

「カック・イイ? ってどういう意味?」

「カッコ・イイね。英語で言うと・・・So cool!って感じかな」

ミランダは細身のパンツスタイルにやわらかい風合いのブラウスを着て、胸元にカラフルな石がついた重たそうなネックレスをしている。シュペヒトは気軽な感じのスーツ姿だ。ブリジットはデニムを穿いている。

「向こうの山でジャパニーズ・ティーハウスを見つけましたよ!」

と私が叫ぶと、シュペヒトは、

「ああ、モンテ・ヴェリータのか。まだ行ってないんだ。あそこの主人にも挨拶しなきゃ」

「今日パーティに来るっていうから、紹介しますよ」

「ありがとう。それからヤスミ、もう一人のアーティストを紹介しよう」

ギャラリーの反対側には、山のように背の高い女性が立っていた。

「エヴァ・ノイパー。ウィーンから来ました」

「はじめまして。ヤスミ・ミヤザワです」

その場でしばし立ち話。エヴァの作品は、キャンバスにアクリル絵の具で描いた絵画。良く見ると古代文字らしきものが背景にびっしりとある。

「私は、世界中の古代文字に興味があって、いろいろ集めているんです。エジプトとか」

「ここに書いてあるのは、メソポタミアですね!」

そこにあったのは、まぎれもない“楔形文字”。でも“楔形文字”って英語で何て言うんだろう?

そんな古代文字の羅列をバックに白い絵の具が塗られ、その上に黒い線で文字のようなものが描かれている。

「これは、何て書いてあるの?」

「これは私のオリジナル文字。意味はないの」

「というと、抽象表現ってことになるのかな」

「まあ、そうとも言えるけど、私にとっては文字の一種なのよね」

「面白い。作品タイトルが“Senza titole(無題)”なんだね。なるほど」


たいてい、書の世界では言葉を書くからどうしてもメッセージ性がついてくる。一方、エヴァの場合はヴィジュアル・デザインのひとつとして文字を利用していて、意味性は排除している。この手法は私の書と通じるものがある。私も「に○げんだもの」みたいなメッセージめいたことはほとんど書かず、絵の一種として描いているところがある。

なんて、アート談義はおいといて、ブリジットが食べ物をテーブルに並べ始めた。私も白いテーブルクロスを掛けるのを手伝い、シャンパングラスを並べた。

皿にもられたチーズがおいしそうだ。ブリジットに名前を聞いたけれどむずかしい名前でさっぱり覚えられなかった。つまみぐいしたらエメンタール・チーズのようなコクのある風味で、溶かして食べてもうまそうだ。そして次に並べられたのは握り寿司。

「おお、寿司もあるんだ。みんな食べるんですか?」

「スシはもう、インターナショナル・フードよ」

ミランダはわさびの風味が大好きだと言う。
ブリジットがスプマンテを注いでくれた。とりあえずみんなで乾杯。軽くお酒がまわると、調子付いてくる。時刻は6時。お客さんもいよいよやってきた。

宮澤やすみ、初めてのヨーロッパ展覧会。ネットでしか見られなかった私の書道作品が、ヨーロッパ人の目に初めて触れる時がやってきた。パーティが始まる前というのは、いつだってワクワクするものだ。

いよいよ本番だ!

参考:
 エヴァ・ノイパーのWebサイト(ドイツ語)
 http://www.evamarianeuper.com/
 
posted by やすみ at 19:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ2日目
2007年02月25日 投稿

スイスの和スポット

Episode 18 secondo giorno in Ascona

mtverita.jpg
『和のくらしマガジン Sakura』連載コラムより

朝食は地上階のレストランでビュッフェスタイル。ゆで卵があるのがうれしい。コーヒーもたっぷり出してくれる。パンがうまい。そしてなにより、目の前の湖の風景のなんときれいなこと。朝もやたなびく湖上をすいすいと白鳥が泳ぐ。明るい日差しを浴びながら、朝のひと時を楽しんだ。

schiff3.jpg ミラノのホテルとは大違い

ホテルは小さな家族経営。ホテルの主人がやってきて、

「ほらこれ、見てください。古いアスコーナの写真ですよ。ウチのホテルは古いんです」

見ると、何十年も前の湖畔の写真に Hotel Schiff Battello の建物が写ってる。古い新聞記事もあり、ドイツ語で「地上の楽園・アスコーナ」と書かれている。

展覧会のオープニング・パーティは夕方5時だ。それまで時間はたっぷりある。気ままにアスコーナを歩いてみることにした。ホテルを出ると隣はすぐギャラリーだ。総ガラス張りなので中がよく見える。もちろん自分の作品もきれいに並んでいる。シュペヒトがもう働いていた。

gallery1.jpg
ディスプレイは完了しているようです。右の柱に YASUMI とあります

「ブォンジョルノ!」

「ブォンジョルノ、ヤスミ。どうだ、並べ方はこれでいいか」

「いいですねえ。完璧です」

「じゃあ5時にまた会おう。この辺散歩してみるといいぞ」

「ええ、ちょっと町を歩いてみようと思います」

「そうだ。歩け歩け歩け! 小さな町だから簡単にまわれるぞ」

真っ青な空と湖、緑茂る山々。のんびり泳ぐ白鳥たち。湖畔のおしゃれなプチホテル。イタリアンレストラン。絵に描いたようなリゾートを歩く。ここでもまず教会に行ってみた。ミラノのような歴史の重みは感じられず、簡素な造り。観光用ではなく、地元の人が普段の祈りに集うための、実質的な教会だ。

ascona1.jpg アスコーナの小さな教会

kaki.jpg 果物屋にて。むこうでも柿は"KAKI"

スーパーでサンドイッチとビールを買って、あてもなくぶらぶら。

山に囲まれ坂道の多いこの街。てきとうに Monte Verita という丘をのぼってみると、そこは閑静な別荘地。世界中のお金持ちがいっぱい住んでいそうだ。目の前にはキラキラ輝く湖と山々が広がっている。いかにも別荘地といった感じだ。

maggiore1.jpg ここからの景色が最高です!ぜひ見て!

なんにもないのかなあ、と思ったころに、レストハウスのような施設を見つけた。広い敷地にプールや庭園もあるみたい。

シーズンオフなのでいくつかある建物はすべて閉まっている。かまわず奥へ進むと、白砂の庭園が見えてきた。飛び石が点々と置かれていて、東屋ふうの小屋がある。

「日本庭園か」

バックには紅葉が始まった山の木々があり、突然日本に戻ったような気分。

庭園の横にある建物は、造りは洋風だけど、漢字とアルファベットで「茶室 Cha-Shi-Tsu」とあるじゃないか。午後は2時からオープンとある。その向こうにある、水の抜かれたプールサイドでサンドイッチとビールをたいらげ、時間を待って入ってみると、

「あら、日本の方? まあどうぞどうぞ!」

店をあずかるマダムが出迎えてくれた。横の売店には中国茶、紅茶と一緒に、静岡産の煎茶や抹茶がある。隣は八畳程度の和室。黒々とした柱や梁に畳。障子のむこうには炉が切ってあって釜が置いてある本格的な茶室も見える。

「あなたにはいちいち靴を脱いでって言わなくていいから、楽ね」

マダムによると、ここは2006年の秋にオープンしたばかりだそうだ。

「入れ方、これでいいのかしら?」

と言いながら、マダムは煎茶を入れた。
急須にお湯をどばどばと入れるから、湯飲みにお茶を注いでも急須にお湯が余ってる。本来は飲む分だけお湯を入れ、急須にお湯を残さないようにしたほうがいい。ただ、今ここでそれを講義するのも気が引けたので黙って飲んだ。畳にあぐらをかき、緑茶をすする。歩き疲れた身体が、ほっと休まる。

「ここには日本人が来るんですか?」

「いやなかなか。でも、週末に来てくれるお茶の先生は日本の女性なんですよ」

結婚してこちらに住んでいるというその女性は、裏千家の師範の資格をもっているそうで、時々ここに来て茶道を教えているそうだ。その方の写真も見せてくれた。着物姿の女性が写っている。

日本人がめったにいないこの地で、着物姿なのは私が最初かな、なんてほくそ笑んでいたんだけど、先にやられてしまった。

くつろいでいると、管理のおじさんもやってきて、私を見つけるなり、

「サケ飲むか? サケ」

「いいですね〜お茶よりオチャケの方が好きです」

おじさんは奥から日本酒をもってきた。純米酒を冷やで。こういう場所だからたいした味じゃないだろうと高をくくっていたら、予想以上にうまい。こんな場所でこんなマトモな日本酒が飲めるなんて、まったく予想してなかったな。

隣の机には、チューリヒから来たという親子連れがお茶を飲んでいる。このお母さんやマダムに、私の展覧会の宣伝をしてお別れした。

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日本風の庭園がある

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「茶室」だけど建物外観は洋風。中は和風。

mtverita3.jpg
親子連れものんびりお茶すすってました。

ホテルに戻ってひと休みした後、着替えをすることにした。ようやく着物の出番。今夜のオープニング・パーティのために着物を着るのだ。

茶色がかったグレー地に黒い縦縞。羽織はシックなこげ茶。一方、羽織ひもは白地に緑。帯は金色と、パーティむけの取り合わせにしてみた。足袋はもちろん白。

このかっこうでホテルを出て、湖畔の石畳を歩く。衣ずれの音を立てながらヨーロッパの町なみを歩くと変な気分がしないでもない。でもこういう時こそ、「ニッポンの着物ですけど、何か?」みたいな感じで堂々としているのがいい。

ギャラリーに近づくと、ブリジットの姿が見えた。

次回はいよいよ展覧会!やっと旅の主目的が果たせる!
 
posted by やすみ at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(1) | アスコーナ2日目

スイスの多彩なキャラ

Episode 17 primo giorno in Ascona

dartecons.jpg
図解!ギャラリーのゆかいな面々。本人承諾ナシ(笑)

夕方になってギャラリーへ行くと、ギャラリーオーナーで、自らもアーティストであるシュペヒト氏と一緒に、マネージャーらしき女性がいた。メールで何度かやり取りしたミランダだろうか。

「こんにちはヤスミ。ミランダです」

いや〜どうもお世話になってます! と言いたかったが英語で何と言えばいいのかわからない。

「イタリアの旅はどうだった?」

「イタリア語、だいぶ覚えましたよ。例えば、ウナ アクア コン ガース!」

「お〜すごいじゃないか。ところで、アスコーナのホテルの方はだいじょうぶだったか?」

ここアスコーナに滞在するにあたって、ホテルは一度ミランダが予約してくれていた。しかし、そこは料金が高かった。そこでキャンセルを申し出て、改めて自分でネットで予約したのだった。アスコーナは日本になじみのない町。ホテルを探し当てるまでが大変だった。

しかし、やっと見つけたホテル・シフ・バッテロという、レストランを兼ねた小さな宿は、ギャラリーの隣に位置する絶好の条件だった。

しかも、部屋が空いていたせいか、当初予約していた安部屋じゃなくて、レイク・ビューのバスタブ付きの部屋をあてがってくれたのだった。

「エクセレント!」

「それなら良かった。ホテル・バッテロ(Battello)は泊まったことがなかったんでな。でもあそこの主人はいい奴だ」

「私も心配してたのよ」

「どうもありがとうミランダ。一度予約もしてくれて本当にありがとう。ただ、最初のホテルはぼくには高すぎて」

「いいのよ。ヤスミがあのホテルを予約したっていうから、電話して確認したんだから。キレイな部屋なんでしょうねって(笑)」

ミランダは大きな口でいっぱいに笑顔を作る。スレンダーな身体つきだけど、力は強そうな印象。後で分かったのだが、ミランダはオランダ出身。オランダの女性はすらっとしていて、タテ長に伸びたように見える。とにかくいかにも仕事のできる人という感じがする。こういう人は怒らせると怖い。丁寧にお礼言っとこう。

「イヤほんと、どうもありがとうございます」

「ヤスミ、こっちはバイトの子。ヤスミは初対面だったわよね」

「こんにちは。ブリジットです」

「どうも、はじめまして」

ブリジットは優しい目をしていておっとりしたタイプ。ちょっと下半身がぽっちゃりしているところは、いかにもスイスの女性っぽい。ミラノにはいなかったタイプの子である。

一方、シュペヒトは仕事で何度も日本に来ているそうだ。

「日本では、私は“キツツキサン”って呼ばれてるんだ」

ドイツ語の「Specht」は日本語で「キツツキ」なのだそう。

「オー、じゃあ飛べるんだー」

「そうだ。空を飛べるんだぞ!」

と言ってシュペヒトは口をとがらせて手をパタパタさせる。ふだんはターミネーターみたいなドスの効いた声を出すのに、意外とおちゃめなオヤジなんである。

「キツツキ」はイタリア語では「Picchio(ピッキーオ)」。ギャラリーにはピッキーオ名義の作品がいくつかあるが、これはシュペヒト自身の作品なのだ。屋外にもピッキーオ名義の鉄でできた大きなオブジェが立っている。彼はギャラリー・オーナーであると同時に、アーティストでもあるのだった。

さて、作品のレイアウトについてシュペヒトと打ち合わせ。

「この作品はこっちの作品と隣同士に並べてくれますか? 組作品なので」

「OK。この掛け軸はどうだ。高さはこれでいいか」

「もっと上にして欲しいですね。これだと掛け軸の布の部分ばかり目が行くので。つまり、この部分を、その〜・・・」

目の高さに、という英語がわからず困っていると、

「Eye level だね?」

「あ、そうそう! この部分をアイ・レヴェルに」

「こっちの額装作品もいいよなあ。何て書いてあるんだ?」

「幻、ですね。Illusionという意味」

「マボロシ、か。実際の漢字を書いてくれないか」

私はメモ用紙にペンで「幻」と書いた。

「あーっなるほど。確かに“幻”だな」

そこへミランダが

「明日のパーティはヤスミがいるからいいけど、その後が大変ね。私たちがお客に説明しなきゃいけないから」

「そしたら、説明を紙に書いておきましょうか?」

「それはすごく助かるわ」

「明日、持ってきますよ」

打ち合わせも終わり、私は先に帰ることにした。ディスプレイ作業はまだまだ続きそうだ。

「それじゃあ、ア・ドマーニ(A domani:また明日)!」

ミランダにもわざわざ呼びかけて「ア・ドマーニ」と言っておいた。とにかくこういう場ではしつこいくらいあいさつに気を使ったほうがいい。ただ、後で分かったことだが、無理してイタリア語を使うことはなかった。彼らはドイツ語を使う人たちだったのだ。

シュペヒト氏がディナーでもごちそうしてくれるんじゃないかと、ひそかに期待していたのだが、そんな話はまったく無かった。そりゃそうだ。彼らには作品のディスプレイの仕事がある。仕方ないので、初めて来たアスコーナをぶらぶら歩いてみる。

地図なんか無いので、とりあえず湖畔の案内図をよく見て路地をうろついた。とにかく小さな町だ。路地を抜けたらバス通りがあって、そこから向こうは住宅地。もう一度戻って、簡単に夕食が済ませられるところを探した。

観光シーズンを終えた、平日夜のアスコーナは閑散としている。でもリゾート地だけあって、いい雰囲気のレストランはたくさんある。ただ、そういうところはもう面倒くさいし、高そうだ。かといって気軽な売店も無い。仕方ないので「サンドイッチあります」と書いてあるバル(BAR)に入ってみた。常連客がちらほらと黙ってビールを飲んでいて、スポーツ中継を見ている。私はカウンター席に座って、

「ブォナセーラ」

すると、南米系の小柄な女性が出てきて

「ブォナセーラ」

「パニーニあります?(Avete panini アヴェーテ、パニーニ?)

「スィー(Si はい)

改めて、この町はイタリア語の町だと実感した一瞬である。メニューを見てフォカッチャを注文して、

「ポッソ ポルターレ?(Posso portare お持ち帰りできますか?)

「スィー」

なんとか、「Portare(お持ち帰り)」という言葉が通じたようだ。紙袋に入れてくれた。

今晩のディナーはホテルの部屋でパンとビール。昨日までのようにはいかない。これからは観光モードから仕事モードに切り替えだ。

ゆっくり風呂に入って(この部屋はバスタブがあって助かった!)から机に向かい、作品の説明を英語で書きつづった。

日本で英語メールを書くときは時間がかかるのに、この時は自分でも不思議なくらい、すらすら書けた。そろそろ頭が英語モードに切り替わってきているらしい。2時間で書き上げ、早めに寝ることにした。

今日一日でなんとさまざまな出会いがあったことだろう!
ベリンツォーナの物乞いの兄ちゃん、ワタナベさん、シュペヒト氏、ミランダにブリジット・・・。ホント、目がまわりそう。

しかし、明日はまたもや、まったく想定外の出会いがあるのだった。

focaccia.jpg
これからはこういう食事がつづきます・・・
 
posted by やすみ at 22:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ1日目
2007年02月11日 投稿

怒るなら日本語で

Episode 16 primo giorno in Ascona

schiff1.jpg
アスコーナ。ホテルのバルコニーからの景色

スイス・ベリンツォーナからロカルノへ。お金をせびるアヤシイ兄ちゃんと向かい合って座っている。

車窓を眺めていると、ヤツはだんだん図に乗ってきたのか、またボソボソつぶやきだした。

「ここしばらく、何にも食べてないんだ・・・」

「へえ〜、そう」

受け流していると、しきりにお腹をさすったりしてジェスチャーをする。しまいには、欧米ではタブーのゲップまでする始末。腹が減ってたらゲップは出ないだろ。

「スクーズィ(Scusi:ごめんなさい)。腹が減ってて。どうだろ、助けてもらえないか・・・」

「は?」

「その〜つまり、マンジャーレ(mangiare:食べる)のためのお金」

「ノー!」

こういうヤツにははっきり言ってやるしかない。高所得で知られるスイスにもこんな人間がいるんだな。横のワタナベさんの方を向いて、

「こういう人、スイスじゃめずらしいんじゃないですか? 無賃乗車とか」

思いっきりヤツの目の前ではあるが、日本語だから彼には分からない。

「若い人ではいるかもしれませんね。改札に来ないことも多いし」


antyan-ss.jpg
アヤシイ兄ちゃんはこんな感じ。描く気も失せて、テキトーな絵になっちゃった


ヨーロッパの鉄道では、駅に改札口が無いかわりに車内で改札をする。そうしていると実際に改札が来て、乗客のきっぷを確認した。私はパスポートも要求された。

「本当にありがとう。このきっぷのおかげで罰金払わなくてすんだよ」

とヤツは言う。たしかによかったけど、どうもだまされた感じがして気分が悪い。

ワタナベさんは途中駅で降りる仕度を始めた。

「私の展覧会、こんどの金曜にオープニングパーティありますので、ぜひ来てください」

「ええ、できるだけ行きますよ。じゃまた」

フリース兄ちゃんと二人きりになった。外の景色は明るい陽光に照らされた、スイスっぽくない、イタリア的な風景が続いている。

私は車内では車窓をじいっと見るのが好きだ。ましてこんな風光明媚な地で車窓を見ないわけにはいかない。それなのに、兄ちゃんがつぎつぎに話かけてくる。

「こないだ、北朝鮮がミサイル打っただろ。ニュースで見たんだ。あれ、どう思う?」

あのさあ・・・、今ティチーノの町並みと風景を楽しんでるんだから、そんな話題出すなよ。

「北朝鮮は強いのか? 軍隊、強いんだろ」

「そうだね。強いでしょう」

「ぼくは戦争は嫌いだね。ピースが一番。戦いはいけないよ」

うわべだけの安易な言葉に、ちょっとムカついた。

「スイスだって軍隊強いじゃん。あんただって、家に帰れば銃があるんでしょ?」

「それはあるけどさ」

「銃、打ったことある?」

「訓練でだけね。ヘッドホンつけて、的に向かって打つだけ。形だけだよ。戦争はだめだよ。ピースがいちばん」

「はいはい。オレもそう思いますよ」

だんだんうざったくなってきた。日本のこと、スイスのことをてきとうに話して、ロカルノ到着。ヤツは、私がカモにならんと分かると、とたんに他の金持ちそうな乗客の荷物を下ろして、親切に振舞っていた。別れのあいさつもない。プラットホームを降りるとヤツは私の前を歩いている。私は日本語で言った。

「ふざけんなよこの野郎。いい気になりやがって。てめえ金返せよな」

びっくりしたような感じで、ヤツは振り向いた。

「えっ? な、何だって?」

おびえているような目で聞き返す。マジメに怒るなら、ヘタに現地語を使うより日本語で言ったほうが効果が高い。こんどは英語でヤツに言った。

「あの金はあげたんじゃないからな。貸したんだからな。ちゃんと返せ!」

「わ、わかったよ。明日返すよ」

「アスコーナのギャラリーにいるから、返しに来い」

それがヤツとの最後の会話だった。その瞬間、

ヤスーミ!!

おおっ!びっくりした〜。突然現れた白髪のオヤジ。
彼こそ、私をアスコーナまで呼びつけた張本人。ギャラリーD’ARTECONのオーナー、ディーター・シュペヒト氏だ。ここで待ち合わせをしていたのだった。

「オー待ってたよヤスーミ。なんだ、金髪じゃないじゃないか。写真では金髪だったぞ」

「え、ええ。黒に戻したんで」

これまでメールで何度もやりとりしてきたシュペヒト氏と、実際に顔を合わせ、握手をかわす。この旅の中では大事なシーンなんだから、もうちょっと心の準備をしておきたかったなあ。
フリースの物乞い兄ちゃんのせいで、めまぐるしい展開になってきた。

「さあ乗った乗った! アスコーナへ連れてくぞ。ここからちょっとだ」

彼の車は、おそろしくでかい最高級のベンツだった。

「どうだ、背中に感じないか?」

「なんか、動いてますね」

「マッサージ機能がついてるんだ。すごいだろ」

この車だけでも、シュペヒト氏がただ者じゃないことが分かる。そういやメールでは彼自身のこと何も聞かなかったな。

「私はこないだまで会社を経営していた。最近引退したんだけどな」

聞いてみると、どうやら世界中にシェアのある大企業の社長だったらしい。たしかに、明るくて気さくな中に、威厳と貫禄も兼ね備えている大人物という感じがする。

郊外の地方都市といった風情のロカルノを通って、隣町のアスコーナへ。カラフルな家が立ち並び、マッジョーレ湖畔の石畳を進んでギャラリーへ到着。ホテルはその隣だ。

「ヤスミは、まずホテルにチェックインして、休みなさい。シャワーを浴びて、仮眠をとるもよし。長旅の疲れを癒すんだ。その後ギャラリーへ来て作品をチェックしてくれ」

「わかりました。じゃあまた後で」

ふう〜、この国の人たちは誰もよくしゃべる。
隣のホテルにチェックインして休もうと思ったが、アスコーナの美しさに休むどころではなかった。

窓を開けると白いバルコニーがあり、そこからの風景は夢のようだ。真っ青な湖に白鳥がゆうゆうと泳ぐ。石畳をそぞろ歩く人。小鳥。夕暮れ時の、紫色の空気があたりを包み、湖畔のレストランやプチホテルの明かりが石畳を照らす。ヨーロッパ人があこがれるリゾート、アスコーナ。ここに私は日本代表としてやってきた。

ワクワクする気持ちとあせりのような気持ちで、休むどころではなかった。

いよいよ展覧会が始まる。

p-mota1.jpg
湖畔の広場にはプチホテルやレストランが並ぶ

参考サイト:
 ロカルノ Locarno(スイス政府観光局)
 アスコーナ Ascona(スイス政府観光局)
 地図はこちら(Google Maps)
 

posted by やすみ at 20:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ1日目

多発する「出会い」

Episode 15 primo giorno in Ascona

「次の停車駅はベリンツォーナ、ベリンツォーナ」

バリー・マニロウみたいな車掌が歩きながら言ってまわってる。ただ今、スイス・ティチーノ州を列車で北上中。ミラノを出て1時間半くらい経ったろうか。

ベリンツォーナ駅(Bellinzona)に到着。ここで乗換えだ。荷物を持ってホームに降りた。初めてスイス・ティチーノ州の地を踏んだ、その第一声は、

「寒ぅっ!!」

天気は良いのに、この寒さ。京都の冬みたいに足元から冷気がじわっときて、底冷えする。ミラノとは10度くらいちがうんじゃないか?

ballinzona1.jpg ベリンツォーナの駅前広場

すぐ列車が来ていたが、わざとやりすごしてベリンツォーナを探検。ヨーロッパの駅は改札が無いから、自由に「途中下車の旅」ができて助かる。時間はきっかり1時間だ。

ベリンツォーナはイタリアからアルプスに向かう中継都市として栄えた町。今も城壁や3つの城があり、世界遺産に登録されている。その代表であるカステルグランデ(Castel Grande)へ向かった。

地図もなんにもないけれど、駅前の案内図だけ見てなんとかなった。コンクリートの広場の横に切り立った岩山があり、その上に城壁が見える。エレベータで上がると、中はこぎれいなミュージアムになっていた。

ballinzona2.jpg 丘の上に建つカステルグランデ

時間もないのでぱぱっと見ただけだが、とにかく寒いので誰もおらず、テラスのカフェはもちろんクローズ。さびしい限りである。もう一度エレベータで降りて(地上階のエレベータ前は、格好の不良の溜まり場)、駅に戻る。

この寒さだと、ホットチョコレートが欲しくなる。駅のカフェで注文した。

「ウノ・チョコラート・カールド(Uno cioccolato caldo)

前回の記事で書いた「caldo」をさっそく使ってみた。無事ホットチョコレートにありつけた。冷えて疲れたときはこれにかぎる。ちなみに「Una cioccolata」と女性形にすればホットチョコレートの意味になるらしい。

時間がきたのでホームに戻った。まごまごしているとフリースを着込んだ兄ちゃんが「ロカルノならこっちだよ」と英語で教えてくれた。ぼくも乗るからおいでよと、荷物まで持ってくれた。親切な人もいるもんだ、と最初は思ったが、それが油断だった。

4人掛けのボックスシートに、この兄ちゃんと向かい合って座った。

「君は日本人かい? 日本人と話すのは初めてだよ。ぼくは英語も喋れるし、7ヶ国語できるんだぜ」

「へえすごいね」

と、英語でてきとうに世間話していると、なにやら声のトーンが低くなって、ボソボソつぶやきだした。

「無賃乗車ってさ、罰金80フランするんだよね」

「だから何?」

「オレ金ないんだよな・・・」

「きっぷは?」

「ロカルノまで7.80フランで済むのに、ぼくは80フラン払わないといけない。ああ、どうしたらいいんだろう・・・」

「きっぷ買えばいいじゃん」

「いや、だからお金なくて・・・。お金、貸してくれない?」

いきなり何を言うかと思ったら。物乞いかコイツは。つい今の今まで、親切な人というイメージがあったし、心細い一人旅の途上での、ハートフルな交流、みたいな絵に描いたようなイメージを持ってしまっていた私。

「もう発車しちゃうよ」と懇願されると断りきれない。仕方なく財布から10フラン紙幣を出して渡してしまった。さっそく彼はきっぷを買いに列車を降りた。このまま戻らないんじゃないか?

と、その時である。

「日本の方ですか?」

えっ? 今のはたしかに日本語だ。通路を挟んで横から聞こえてきた。

「えっ、は、はい。そうですけど」

と久しぶりの日本語を発すると、横には確かに日本人がいた。丸顔でがっちりした体格のおじさま。後で聞いたら65歳とおっしゃっていたが、とてもそんな歳には見えない。

「私ね、この近くに住んでる者です」

まさか、こんなところで日本人に会うとは。ティチーノには日本人がいないと聞いていたのに。このおじさまはさらに続けた。

「ティチーノに住んでる日本人はだいたい200人くらいしかいないです。この辺で日本人に会うのは本当にめずらしい。あなたは旅行者? それとも仕事?」

「これから行くアスコーナは仕事ですね。展覧会をやるんです」

「それはすごい。アスコーナは日本じゃ全く知られていないけど、ヨーロッパでは知らない人がいないくらい、有名な国際都市ですからね。それはいいことだ」

ワタナベさんというこの男性は、以前は日本の大学でドイツ語を教え、今はチューリヒの大学で日本語の講義をやっている大学教授だった。

「ぼくはね、アスコーナから車で少しいったところに住んでいるから、何かあったら連絡ください」

名刺交換をして、展覧会の案内も渡しておいた。

そうしているうちに、フリースの兄ちゃんが戻ってきた。

「どうもありがとう! グラツィエ! おつり返すね」

きっちり2.20フラン返してきたのは少し意外な気もした。列車が動き出した。終点ロカルノまでは10分くらいだ。

このときはまだ、この兄ちゃんに対して警戒心が薄かったし、ちょうどワタナベさんと名刺交換をしたところだったので、手に自分の名刺を持っていた。だからついついこの兄ちゃんにも名刺を渡してしまった。日本人の悪い癖で、誰彼かまわず名刺を渡してしまう。住所と電話番号が書いてあったので、悪用されないかと今は心配である。

(次の記事では似顔絵を載せてます。まあ見てやってください)


参考サイト:
 ベリンツォーナ(スイス政府観光局:日本語)
 地図はこちら(Google Maps)
 
posted by やすみ at 19:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | アスコーナ1日目
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